小泉喜美子『男は夢の中で死ね』光文社文庫

今度は1985年刊行の「都会ミステリー」と銘打たれた短編集。基本はやはりハードボイルドタッチの都会派小説だが、ときおりSFっぽい作品が顔を出したりとバラエティに富んでいる。この文庫の解説はまだ肩書きが「ミステリー評論家」の山口雅也である。しかし、さすが山口雅也「解説」原文ママ)という名の解説はうまいし的確だ。実のところ、この解説に私が付け加えることは何もないのだが。
今回取り上げた4冊の短編集の中ではこの本がベストだと思っている。通底するテーマは「追憶」。過去の栄光であれ、忌まわしい想い出であれ、なにがしかの思いを引きずりながら生きている男女の姿を描いている。
ミステリー的仕掛けはほとんど出て来ないが、上質の短編小説集として味わえる。この作品についても、再び「ミステリーと思って読まないでほしい」というお願いをしておこう。そもそも『弁護側の証人』集英社文庫絶版・出版芸術社)で見せた技巧の印象が強いので、小泉作品についつい同じような鮮やかな技巧を期待するかもしれない。だが、実は作者が追い求めつづけたタイプの小説は、ここに挙げた諸短編のような、洗練されて味わい深い「芳醇な香りのワインのような」作品であり、必ずしも斬新なトリックを追い求めてはいないのだ。「オチがない」「盛り上がりに欠ける」などと言うなかれ。ここにはまた別の味わいがあるのだ。
女性でもハードボイルドを書く作家が増えてきたとはいえ、まだまだ数は少ないはずの「女性が描いた、男性主人公のハードボイルド」をとくとご堪能あれ。
ベストをあえて3作に絞ると、のどかな話と思いきや一転してシリアスな世界が見える「陽光の下のスポーツ」、ラストが実に切ない「ヒーロー」、結末の急展開が見事な「情婦」。ただ、「男は夢の中で死ね」「本塁好返球」「ザ・ラスト・ビジネス」など、捨てるに惜しい作品は他にもいろいろある。