加納朋子『螺旋階段のアリス』文藝春秋

サラリーマンから一転、私立探偵事務所を開いた仁木順平。開業三日目にしてその事務所を初めて訪れたのは、市村安梨沙という少女であった。彼女はなぜか押しかけ助手として仁木の事務所に「勤務」するようになり、ぽつぽつと持ち込まれる依頼を二人で解決していく。ベスト、というより個人的な好みに近くなるが、ラスト三つの「最上階のアリス」「子供部屋のアリス」そしてフィナーレの「アリスのいない部屋」を挙げておこう。



不思議の国のアリスをモチーフにしながら展開される七つの短編は、どれも加納朋子の持ち味がよく出ている。ささやかな事件の陰に見えてくる、人間の暗い部分。そんな人間の姿を見せつけられてもなお、何か希望を持たせてくれるストーリー。
その一方で、こうした持ち味を保ちつつも、今回は主人公が男性になっていることもあるのか、人によっては拒否感の強い「女の子的甘ったるさ」がかなり薄まってきたように思う。初期の作品は意地悪な言い方をすれば「北村薫の二番煎じ」であったが、著作を重ねるごとに北村薫とはまた別の独特の作風へと変化してきている。
特に今回の作品が「前のと比べると、どこか雰囲気が変わったなあ」と感じさせるのは、おそらく「夫婦」というテーマが使われているからだと思う。デビュー作の『ななつのこ (創元推理文庫)』(創元推理文庫)から、だいたい『ガラスの麒麟 (講談社文庫)』(講談社文庫)ぐらいまでは、赤ちゃんや幼子や少女、特にその弱さやもろさというものがメインのモチーフとなっている作品が多かった(えてしてその辺が人によっては「甘ったるさ」を感じさせる)。それに対して今回は、「子供部屋のアリス」みたいな作品もあるが、どの短編にも「夫婦」というものがモチーフとして使われている。その部分が、加納朋子の(非常にささやかだが)「新境地」を感じさせる。もっとも、この変化については、作者のプライベートな生活の変化がそのまま反映された結果であることは間違いないが。

どこかで書いたような気もするが、デビュー作からカッ飛ばす講談社ノベルスメフィスト賞新本格の作家に比べて、東京創元社・鮎川賞系作家の多くは、しり上がりに作品のレベルが上がっていくような印象を受ける。個人的には若竹七海近藤史恵はその代表格だ。この二人は今年新作をいろいろ発表してブレイクした感がある(新作をそれほど読んだわけではないが)。それに対して、しり上がりに実力をつけているものの、寡作ということもあってやや後方につけているのが加納朋子倉知淳だと思っている。もっとも倉知淳の場合は「寡作」というより「仕事をしない」というのが実情らしいが。
というわけで、加納さん、どうか来年はガンガン新作を発表して、ぜひともブレイクしてください。「仕事をしない」倉知さんと「どっちが仕事をしているか」争いをしているようでは困ります(笑)。