小泉喜美子『血の季節』文春文庫

精神鑑定の再鑑定を受けることとなった、幼女殺害事件の死刑囚。彼が鑑定医の前で語りだしたのは、戦前東京にあったとある洋館と、そこに住む青い目の兄妹の話であった…。



オルツィの『紅はこべ』をもからませつつ、戦前そして現代の日本に吸血鬼伝説を展開させた一作である。
久しぶりにストーリーに「没入」するという経験をした。近所の洋館で青い目の兄妹と遊んだ幼い日々の幻想的な想い出と、悲惨な幼女殺害事件の捜査という現実的この上ない描写が交互に語られていく。出だし数十ページで完全に小説世界に入ってしまった。そしてこの二つのストーリーがクロスオーバーして、さらにもう一ひねりされる結末。幻想的な世界と魅力的な謎が、最後まで飽きさせない。
特に、回想部分の美しさと艶めかしさはこたえられない。個人的には、主人公が「吸血鬼」に血を吸われる場面がたまらなく好きである。文庫版の裏表紙のあらすじには「耽美派ミステリーの傑作」と銘打たれているこの本。最近は「耽美」というとちょっと特別な文脈で使われることが多いが、この本は原義通りの「耽美」、すなわち美しき小説世界に耽ることができる。
「ミステリーというのは、泥くさくてはいけない」「私はこの“ファンシィ”という要素をミステリーの最大の魅力と考えている」(『メイン・ディッシュはミステリー (新潮文庫)新潮文庫より)。時として誤解されそうなこの言葉の意味も含めて、彼女のミステリー論についてはいずれじっくり論じてみたいと思っているが、この持論を思う存分展開した一作であろう。この作品に対して、「現実離れしている」とか「論理的でない」というのはまさに「ヤボ」で「泥くさい」考え。とにかく魅惑的な物語に浸ってほしい。