稲見一良『ダック・コール』ハヤカワ文庫

「鳥」を共通のモチーフにしながら、自然と人間との交流を描く短編集。大きなテーマは共通しているのだが、収録されている六つの短編は、舞台も登場人物もスタイルもそれぞれ異なっている。ベストを挙げるならば、「密猟志願」「波の枕」「デコイとブンタ」の3編。



テーマは「自然と人間との交流」、と書いてしまうとえらく安っぽく見えてしまうが、作者の視点はエコなんちゃら等と名乗っている名前だけの自然愛好家のものとはまったく異なる。作者はこの本の中で、自然を相手にするということの本当の姿を描いているように思う。そこには狩猟を趣味としていた作者の経験が反映されているのだろう。
決してノスタルジックな「前近代的農耕・狩猟生活」みたいなものを描いているわけではない。「豊かな自然とともに暮らす方法」を勧めているわけでもない。作者はただ、さまざまな形で人間が自然と付き合っている姿を描いているにすぎない。しかし、つい100年ほど前まではちょっと田舎に行けば当たり前に行われていた、こうした形の「自然とのつきあい」は、今やほとんど忘れ去られてしまっている。そんな現在だからこそ、この本に描かれた「自然とのつきあい」に、懐かしさと魅力を感じるのだろう。
こんなことを言ってはいるが、文明の中にどっぷり浸かっている私自身は、この本で描かれているような「自然とのつきあい」を実践することはできないだろう。せめてできるのは、堅苦しい話はナシにして、この本に描かれている「自然とのつきあい」を味わうことだ。