井上ひさし『十二人の手紙』中公文庫

この短編集は、性別も年齢も職業も生活もまったく異なる十二人の人間の周囲でやりとりされた手紙によって構成されている。手紙以外にもいわゆる役所に出す届けなどの公式文書も入っているが、文章はすべて「書かれたもの」で構成されている。最後のエピローグも、すべて紙などに書きつけられた文章で構成されるという凝りようである。
ベストとしては、まずは形式に凝った2編、公文書だけで一人の女性の人生を描き出してしまった「赤い手」と、ある女性が結婚し離婚するまでを描いているのだが、最後に付けられた作者自身のコメントにびっくりするか大笑いするはずの「玉の輿」を挙げる。あと2つ、ミステリ的趣向もある「鍵」と、考えさせられることの多い「桃」を挙げよう。
あまり純文学方面は読まない私がこの本を手にとったのは、有栖川有栖『有栖の乱読』メディアファクトリー)の中で、有栖川有栖自身が紹介していたからである。
有栖川有栖が紹介するのもうなずける、非常に凝った作品である。事件を絡めたミステリー的な趣向の短編もあるし、味わい深い「文学的」短編もある。一編一編の質も高いのだが、何よりもこれをすべて手紙文で構成してしまったのがすごい。技巧派の推理作家でもこの手の趣向をやった人はいないのではなかろうか。さらに、いわゆる「地の文」が一切無いにも関わらず、そこから豊かな小説世界を創造している。基本的に「地の文」に当たるものが存在しない劇の台本を数多く書いてきた人だからこそできる技なのだろう。
あまりミステリー関係では話題にのぼってこない本だと思うが、技巧的にも内容的にも味わい深い一冊。おすすめである。