L・ウイバーリー『小鼠 油田を掘りあてる』創元推理文庫

フランスとスイスの間のアルプスの襞に挟まれた小国、グランド・フェンウィック大公国に、石油危機の波が押し寄せてきた。大公国へのガソリン供給が月20ガロンに削減された結果、国内の自動車の半分(2台のうち1台)もがガス欠になり、そのガス欠になった車の持ち主であり大公国首相であるマウントジョーイ伯爵も、自宅で熱い風呂に入ることができなくなった。ヨーロッパ随一の外交手腕と影響力を持つマウントジョーイ伯爵は、さっそく関係諸国に石油供給回復を要請したが、大公国への石油供給をしているフランスの会社が世界的石油資本の子会社であったがゆえに、いつのまにか国際的な原油流通の舞台裏に巻き込まれてしまう。さあ、今まで数々の苦難をその卓越した外交手腕で乗りきってきたマウントジョーイ伯爵は、世界経済崩壊を招きかねない石油危機を回避することができるのか?



「ちょっとしたことが次第に世の中全体を巻き込む大騒ぎに発展してしまう」というのも、「さして力があるわけでもない人間が(特に頭脳を駆使して)強大な相手を向こうに回して立ち回りを見せる」というのも、どちらも私の好きなシチュエーションである。
この手の作品だと、特殊なシチュエーションという一点だけに寄りかかっていてそれ以上でもそれ以下でもないという、できの悪い「歴史のifもの」や架空戦記のようになりがちである。しかしこの作品には、その手の多くの凡作にはない面白みがある。それは、マウントジョーイ伯爵をはじめとして、この作品に登場するグランド・フェンウィック大公国の人々が魅力的だからであろう。この登場人物たちのおかげで、物語にどこか浮世離れした雰囲気を漂い、読みながらほのぼのとして微笑ましい気分になる。
背景になっている原油流通やアラブ問題の状況がきちんと踏まえられているので、経済小説の面白みもある。特にエンディングのマウントジョーイ伯爵とコーキンツ博士のやりとりを、安易なオチにせずにあのような形で落としてくるという展開は、経済というものがどのようなものかをきちんと分かっている人でないと書けないはずである。それこそ、ここに出てくる石油やアラブをめぐる問題は今なおホットな話題である。アメリカが反米的フセイン政権を何とか倒そうとしている裏には、テキサス出身のブッシュ大統領とつながっている石油資本の影がある、という話を聞くと、この小説もあながち時代遅れではなさそうだ。
そんな感じで世界経済の裏をちらりと見せてもらう、という読み方もできるのだろうが、やはりまずは愛しきグランド・フェンウィック大公国の面々の活躍を素直に楽しむのがよいだろう。どこかで見かけたら拾って読んでみて損はない作品。

ちなみにこの巻は、小鼠シリーズ全4作の4冊目になる。それゆえ、マウントジョーイ伯爵邸に給湯器を設置するという条項が盛り込まれたアメリカとの「講和条約」や、グランド・フェンウィック大公国が諸外国から一目置かれるようになったかつての活躍が分からないまま読むことになった。特に順番厳守ということはないとは思うが、ここはやはり順番に読んでいくと、年代記のような楽しみができるのだろう。しかしそう簡単に手に入る作品ではないのが悩みの種。ああ、早く読みたい。



(2005.11.6:その後残りの3冊も入手して読了した。そして、今月第1作『小鼠 ニューヨークを侵略』が復刊! 全作復刊が実現してくれないものだろうか。)