ミステリー’zウェブリングリレー企画「クリスマスのミステリー」

ただウェブリングでつながっているだけじゃもったいないんで共同企画をやろうという、ウェブリング主催者アシェさんの発案により始まった今回のリレー企画。お題は「クリスマスのミステリー」ということで、つらつらと考えてみた。
 
真っ先に頭に思い浮かんだのは、ホームズ譚の一つ、「青いガーネット」『シャーロック・ホームズの冒険』所収)である。これはホームズもの全60作の中で唯一クリスマスの季節を舞台にした作品であり、なおかつ「それにいまは寛容のクリスマスの季節でもある」と言ってホームズが犯人を見逃してやる結末が、クリスマス・ストーリーらしい暖かさを持っている。シャーロッキアンならたいていの人は思い出す(と思う)定番の一編である。
それと一緒に思い出したのが、『シャーロック・ホームズ クリスマスの依頼人』『シャーロック・ホームズ 四人目の賢者』(ともに原書房)という2つのアンソロジー。その名の通り、クリスマス・ストーリーのホームズ・パスティーシュを集めている。レジナルド・ヒル、ウィリアム・L・デアンドリア、ピーター・ラヴゼイエドワード・D・ホックといった有名どころが作品を寄せていて、実はかなり豪華な短編集である。そして「クリスマスのホームズ」というお題でこれだけのアンソロジーができ上がるあたりに、ホームズとクリスマスの意外な相性の良さがうかがえて面白い。
目を国内作品に転じてみると、真っ先に思い出したのが北村薫『空飛ぶ馬』創元推理文庫)の表題作、「空飛ぶ馬」。幼稚園のクリスマス会から始まり、木馬の消失という謎、そして円紫さんが見せる「空飛ぶ馬」の謎解きと、最後に残る暖かい読後感。たぶん、国産クリスマス・アンソロジーを出すとなれば絶対に外せない作品であろう。そういえば北村作品には、覆面作家のクリスマス」『覆面作家は二人いる』角川文庫/中公C・Novels)というのもある。こちらは〈覆面作家〉千秋さんのデビュー作であり、かつクリスマスであるということが謎解きに大きくかかわってくる。
だが、この辺は定番中の定番。読んでない人にはぜひ読んでもらいたい作品であるが、他の人とかぶりそうな気もするし、どうせならばちょっとマイナーな所から作品を選んでみたいところ(悪いくせですな)。何かないかなあと思って本棚を眺めていて、「これだ!」という一冊を見つけた。
それは、稲見一良『セント・メリーのリボン』新潮文庫)である。


この本は基本的にノンシリーズの短編集だが、作者があとがきに書いているように「男の贈り物」を共通のテーマにしている。贈り物といえばクリスマス。そして、この本にはクリスマスが出てくる作品が2つある。
まず一つは、表題作「セント・メリーのリボン」。行方不明になった猟犬探索を専門にしている「猟犬探偵」であり、のちに『猟犬探偵』新潮文庫)の連作短編で活躍する、竜門卓の初登場作でもある。たまたま相続することになった北摂の三万五千坪の山林の一角に小屋を建て、時に愛犬ジョーとともに狩猟をしながら、猟犬探索を生業にしているという、一般的名探偵とは違った意味で浮世離れしている主人公だ。
猟犬探索の仕事の合間に、ひょんな行きがかりからある金持ちの娘が飼っていた盲導犬の探索を竜門が引き受けることになって……、という短編である。
稲見一良描く男性というものは、とにかく「格好良い」。自分の主義をしっかりと確立し、それにのっとってストイックな生き方を貫いている。時に自分の主義に反する出来事に遭遇すると、自分自身の主義を懸けて闘う。私はそんな登場人物を「格好良い」と思う。
「猟犬探偵」竜門卓も例外ではない。この物語は、そんな「格好良い」竜門が、クリスマスイブにある人物の元へプレゼントを届けに雪の中を歩くシーンで終わる。もちろん、単なるクリスマス・プレゼントではなく、竜門の思いが込められたプレゼントである。プレゼントのやりとりなんて柄ではない寡黙な男が贈り物を携えて歩く姿は、他にもまして「格好良い」ものである。ひとつのクリスマス・ストーリーとしても素晴らしい一編。


もう一つは、「麦畑のミッション」。こちらは厳密にはクリスマスの季節の話ではない。時は第二次大戦中の晩秋のころ、イギリス空軍はドイツ本土への空襲を繰り返していた。ジーン・ハーロー号の機長を務めるジェイムズは、つかの間の休暇を息子のリチャードとともに、家の農場で狩猟をして楽しんでいた。次のクリスマス休暇の話をしながら、リチャードが昔ジェイムスのクロゼットの中に自分へのクリスマスプレゼントが入っていたのを見つけてしまった話になる。

「世の中にサンタクロースなんていないんだと、その時知ったんだ」

リチャードがそう言うのに対し、父ジェイムズはこう言う。

「わたしは、サンタクロースはいると今も信じている」

まもなく、再び軍務に戻ったジェイムズはジーン・ハーロー号に搭乗し、ドイツ本土への爆撃に向かう。激しい戦闘の末ミッションを終了したジーン・ハーロー号であったが、その帰途、あるアクシデントが発生し……、という物語である。
この作品に登場する男達は、竜門とは違い、ひとたび軍服を脱げば普通に働き普通に家庭を持っている「平凡な」男たちである。しかし、ピンチに直面したときに、思いもよらぬ力を発揮しそれを切り抜ける姿は、何の変哲もない人生の中で男たちがキラリと光る一瞬を描き出している。その姿がたまらなく「格好良い」。
そして私が一番感動したのが、結末近くの、

「リチャード、しっかり見てろよ。サンタクロースが、二箇月早いプレゼントをするぞ」

 というジェイムズのセリフである。
 話の流れを無視してここだけ取り出してしまうとよく分からないと思うので、ぜひとも読んでみてほしいのだが、父親が息子に対して最高の贈り物を届けようとする姿に、私は心底からこの父親が「格好良い」と思った。これもまた、素晴らしい「クリスマス・プレゼント」の話である。


この『セント・メリーのリボン』にはちょっとした思い入れがある。この本を読んだ時、私はあることがあって強烈に落ち込んでいた。すっかり意気消沈した中で、長編を読む気力はないから何か短編集を読んで気晴らしをしたいと思って本棚を見回していたとき、積ん読のままにしていたこの本を、何の気なしに手に取って、読んだ。そしてこの本に登場する「格好良い」男たちと、彼らが贈る「男の贈り物」に感動した。『ダック・コール』(ハヤカワ文庫)を読んだきりであった稲見一良という作家に、すっかり心酔して追いかける決意を固めたのがこの『セント・メリーのリボン』だった。私もその時一緒に、稲見さんから「男の贈り物」をもらったのかもしれない。
『セント・メリーのリボン』の残り3編も、素敵な「男の贈り物」を描いている。「クリスマス」と言えば、冬の寒さ、雪、ケーキ、サンタクロースなどといろいろなイメージが湧いてくるが、やはり「贈り物」を抜きにしては語れない。そんなクリスマスにこそ、心温まる「贈り物」の話はいかがだろうか。残念ながらこの本は現在品切れ中であるが、稲見作品の中では比較的古本屋で見かける。店頭で見かけたら、ぜひ手に取ってほしい。



(2005.11.5追記:ミステリー’zウェブリングは既に休止している。)