鷲尾三郎『鷲尾三郎名作選 文殊の罠』河出文庫

河出文庫本格ミステリコレクションの最終第6巻を飾るのは、鷲尾三郎のトリッキーな作品を集めた選集である。
「よりによって」トリッキーなものばかりを集めた本、とも言える。サスペンス風味の強い「鬼胎」のような作品もあるが、基本的にどれも無茶苦茶なトリックを繰りだしてくる。いくつかのトリックは「バカミス」のネタとしてよく話題になっており、「ああ、これが例のトリックの原典なんだ」と気づく作品もいくつかある。
だが、「アホかー!」と声を上げたくなるトリックにぶつかっても、ニヤニヤすることはあっても腹は立たない。それはおそらく、単にトリックを投げ出して終わりではなく、しかるべき伏線やトリックを発見した根拠など、「トリックの周辺」をちゃんと書き込んでいるからだろう。
「疑問の指輪」文殊の罠」は、結果的にバカミスになっているものの、ミステリーとしての完成度を高めるべくトリックの周辺を埋めていく作者の真摯な姿勢が文章から感じられる。一方で、三流推理作家毛馬久利とストリッパー川島美鈴のコンビが登場する「悪魔の函」連作は、最初からギャグとしてバカトリックを使っていて、確信犯的にトリックのつじつま合わせを書き込んでいるなというのが分かって楽しい。特に「白魔」は、有名なトリックの方は先に知っていた上で読んだが、トリックが行われたことを示す科学的な根拠をちゃんと書いてあったことに感心してしまった。
いずれにせよ、「バカミス」と「ただの駄作」との境界線は、真面目にやるにせよギャグでやるにせよ、トリックの周辺をきちんと埋めて肉付けと演出を施し、ただの推理クイズではなく一つの作品として仕上げようという姿勢にあるのだろう。読みながらそんなことを考えた。

というわけで、バカミス愛好家、そしてトリックの稚気を愛する人ならば読んで損はない一冊。ベスト3は大技トリックとその周辺の書き込み具合が楽しい、「疑惑の指輪」「文殊の罠」「風魔」を挙げよう。
また、「悪魔の函」連作の久利&美鈴の名コンビぶりも楽しい。ストリップと探偵小説が何よりも大好きで、時に自慢の踊りで見張りの警官の目を引き付けるなんてこともやる美鈴のキャラクターもいいし、一方で飲んだくれの三文文士の久利が時折見せる美鈴への思いがいいアクセントになっている。この4作だけにしか登場しないというのもちょっと残念。