泡坂妻夫『煙の殺意』創元推理文庫

今回復刊がなされた泡坂妻夫のノンシリーズ短編集。ベストは、どちらも「なぜ?」というホワイダニットの謎解きが鮮やかな「紳士の園」「煙の殺意」の二つと、ヨギ ガンジーものをほうふつとさせる「狐の面」の合計3作。



収録されている短編は統一性がなくバラバラであるが、逆に泡坂妻夫の作品世界のエッセンスとも言うべき短編集になっている。とんでもない動機や心理を引っ張ってくる「煙の殺意」「開橋式次第」は亜愛一郎ものに通じる。奇術のトリック破りの「狐の面」はヨギ ガンジーものであり、「赤の追想「歯と胴」泡坂妻夫独特の「男と女の世界」を描いている。奇妙な味の「閏の花嫁」に、「作品に隠された作者の心」をモチーフにした「椛山訪雪図」と、これで泡坂妻夫の作品世界を一通り見ることができる。
そしてもう一つ、これら一見バラバラの作品に共通する特徴がある。それは「ミスディレクション」。犯人の動機にしろ、恋愛感情の陰に隠された本当の思いにしろ、「思い違いによって真意から目がそらされてしまう/意図的に目をそらせようとする」というシチュエーションがよく使われている。
もちろんミステリーは多かれ少なかれミスディレクションを図ろうとするものであるが、泡坂作品ではこのミスディレクションがミステリーだけでなく恋愛小説色の強い作品でも効果的に使われている。同じ「ミスディレクション」の構図が、時に一つのトリックとなり、時に読者にサプライズを与え、時に恋愛のすれ違いを演出し、時に「奇妙な味」を作りだす。同じ「ミスディレクション」の構図を使ってこれだけ多様な作品群を作り出す、泡坂妻夫のプレゼンテーションの巧みさを、この一冊で堪能できる。
泡坂ミステリのエッセンスの詰まった一冊。ただ、「泡坂ミステリの入門編」として読むよりは、何冊か泡坂作品を読んだ人が、ずっと広い「泡坂妻夫の作品世界」に進むためのステップとして読んだほうが楽しめそうである。「とりあえず泡坂作品を二三冊読みました」という人を、本格的に泡坂妻夫の世界に引っ張り込む一冊になるだろう。