連城三紀彦『夜よ鼠たちのために』新潮文庫

表題作を含め、6つの短編を収録した短編集。ベストは、ありきたりの誘拐事件と思わせておいて思わぬ構図を浮かび上がらせる「過去からの声」、尾行の「依頼し合い」という奇妙な状況で読ませる「奇妙な依頼」、そして四角関係という設定をうまく生かした「二重生活」の三つを挙げよう。



最初読むと、「ああ、よくある短編のサスペンスね」と思うだろう。例えば夫婦間の葛藤があったり、複雑な不倫関係があったり、探偵が素行調査を依頼されたり。夏樹静子や佐野洋の短編のような、悪く言えばありがちなサスペンスかと思わせる。
しかし、連城作品の切れ味はここから始まる。「あのオチかなー」と思わせておいたところできれいなひっくり返しを見せてくれるのが連城三紀彦の真骨頂。「どんでん返し」というよりは「反転」と言った方が適切だろう。ありがちな構図と見せかけておいて、最後に照明の当て方を変えて、まったく異なる構図を浮かび上がらせる。持ち味である文章のうまさとあいまって、隠された構図を見抜くのはなかなか難しい。この辺の「一筋縄では行かない」ところに連城三紀彦の「心意気」のようなものを感じられて、ミステリー好きのツボを刺激される。
反転の切れ味を高めているのは何と言っても文章のうまさ。サプライズを仕掛ける場合、その前の伏線の部分で不自然な部分や引っかかる部分が出てくると、経験値の高いミステリー読みには感づかれてしまう可能性が高い。ところが、連城三紀彦の文章は何の違和感もなく読者を小説世界に引き込んでしまうため、サプライズを突きつけられて初めて伏線に気がつくことになる。これはなかなか真似のできるものではない。
『戻り川心中』(ハルキ文庫)と違い叙情的な雰囲気を抑えた作品が並んでいる分、「反転」の切れ味はぐっと鋭くなっている。もしかしたら、『戻り川心中』よりもストレートに連城三紀彦のテクニックを味わえるかもしれない。反転の鮮やかさと「引っ掛けられる喜び」をぜひとも堪能してほしい。

(2005.11.4追記:版として新しいのはこちらのハルキ文庫版なのだが、古本屋等で手に入れやすいのはこちらの新潮文庫版。)