加納朋子『月曜日の水玉模様』集英社文庫

丸の内の会社に勤めるOL・片桐陶子の一日は、小田急線のラッシュとともに始まる。ぎゅうぎゅう詰めの乗客、ノロノロ運転の電車、どさくさ紛れの痴漢。そして、いつも同じ席で眠り込んでいて、しかも途中駅で降りてくれる若いサラリーマン。そんな毎日がちょっと変化を始めたきっかけは、いつも途中駅であわてて降りる彼が、なぜか陶子の乗換駅まで眠りっぱなしだったことだった??。会社勤めの日常に転がるちょっとした謎を題材にした連作短編集。ベストは、たわいもないネタだといえばそうなのだがうまいこと盲点を突かれた「月曜日の水玉模様」、この本の中では「毛色が違う」部類に入るものの、いつものハートウォーミングな加納ワールドの「木曜日の迷子案内」、そしてちょっと無茶なシチュエーションではありながら、やっぱり涙腺を刺激されてしまう「土曜日の嫁菜寿司」を挙げよう。



正真正銘の「日常の謎」である。舞台はごく普通の会社員の日常であり、会社勤めの経験のある人ならば思わずうなずいてしまう描写があちこちにあるだろう。それゆえ、どちらかといえば「メルヘン」に近い作風の加納作品の中では、ちょっと異色といえるかもしれない。
しかし、ごくありきたりの会社員の日常を舞台にしているところにまたこの短編集の味がある。「謎」は吹雪の山荘や捜査一課ばかりにあるのではなく、ラッシュに揉まれ仕事に追われるごく普通の日常生活の中にだって転がっているんだ、ということを気づかせてくれる*1。この本を読むと、見慣れた電車の中、いつものオフィスでの仕事といった日常の光景がちょっと違って見えてくるかもしれない。ちょっと視線を変えれば、つまらないと思っていた日常にも、嵐の孤島や密室以上に魅力的な謎が浮かび上がってくるのではないか、そんな気分にさせられる。
加納作品特有の「メルヘンチック」な雰囲気がどうにも肌に合わないという話をけっこう耳にする。こればかりは好みの問題であるし、そういうところも無きにしもあらずなので仕方がないとは思う。ただ、この本ならあまり抵抗感を覚えずにすんなりと加納ワールドに入っていけるのではないだろうか。ついつい人に薦めたくなる一冊である。

*1:文庫版解説の西澤保彦も、ちょっと回りくどい言い方ではあるものの同じことを指摘している。