高橋和『女流棋士』講談社文庫(ISBN:4062750880)

私の雑多な趣味の中の1つに将棋がある。そのため将棋にまつわるエッセイなどもたまに手に取る。女流将棋界の中心的な棋士である彼女が書いたこのエッセイは前々から気になっていて、文庫化を機に読んだ。大崎善生*1と結婚していたのは知っていたが、今年初めに引退していたとは知らなかったなあ。
交通事故で負った左足の大怪我、その後遺症と向き合う日々であったり、また「勝負師」である棋士として、かつ「女流」棋士としての葛藤であったり、「泣きどころ」「感動のしどころ」はいろいろある。ただ、辛い思い出を語る時の文体は、決して重苦しくもなければ、やけに淡々としているわけでもなく、逆に妙にあっけらかんとしているわけでもない。この手の文章でありがちな、「こんな辛い経験を語りますのでどうか聞いて下さい」という思い入れみたいなものを感じないのだ。
むしろ、自分の内面にあるものと向き合うために書かれた文章だと思った。自分の生い立ちをたどり、自分という存在を作ってきたもろもろの出来事や感情をそのまま描き出す作業は、目的ではなく手段だったかのように思える。文庫化にあたって書き下ろされた最後の一章から、元版が出た3年前の時点では見つからなかった「自分の姿」をようやく見つけたことがうかがえる。そして、ちょうどパズルの最後のピースが綺麗にはまったような気分になった。
単なる「感動の物語」と言ってしまうと少々もったいない、いろいろな読み方ができるだけの懐の深さを持つ一冊。

*1:『聖の青春』『将棋の子』のノンフィクション作家として世間に知られ、いまや青春恋愛小説の名手に数え上げられているが、私のイメージは、先崎学描く所の「編集長のヨシオちゃん」である。『フフフの歩』(講談社文庫)参照。