漢語翻訳偵探小説事情

中国のどこの町でも必ず何軒か本屋をのぞいた。ちょっとした大きさの本屋ならたいてい「偵探小説」=ミステリーの棚がある。まず目に付くのがホームズ、ルパン、そしてアガサ・クリスティーの全集。ブラウン神父ものもあった。
日本の作家だと、江戸川乱歩の全集が目を引く。そして横溝正史の作品もかなりの量があった。『本陣殺人事件』を手に取ってパラ見してみたが、どこにも一柳家の見取り図が書いていない。これで中国の読者にはあの場面がイメージできるのだろうか。もしかしたら翻案してある可能性も捨てきれない。『獄門島』があったかどうかは思い出せない。もしあったならば、例のセリフの場所をどうしていたのかを見ておけばよかった。同じくざっと見た限りでは、『リング』や『十三番目の人格』や『千里眼』が訳されていて、西村京太郎や内田康夫もちょこっとある。
日本のミステリーについては概してホラーに近いものを中心に翻訳されているのかなあ、と思っていたら、見覚えのある作家名が! なんと有栖川有栖が翻訳されていた。見たところ翻訳されているのは、『第四十六号密室』に『英国庭園之謎』に、『魔鏡』=『マジックミラー』の3冊のようだ。
で、『魔鏡』を買ってきた。時刻表がちゃんと転載されている。例のアリバイ講義の部分がどうなっているかだが、実は元の『マジックミラー』は未読なので、日本語の原書と改めて突き合わせてみないと分からない。
表紙の折り返しのところに作家紹介が書いてある。おおむね正しいのだが、いくつか気になる点が。ひとつは、「1989年に書店で働いていた時に処女作の《日光秀》で有名になった」というところ。この《日光秀》は『月光ゲーム』のことなんだろうか。なぜ「日光」? また、既に『月光ゲーム』もこのタイトルで中国語訳されているということなんだろうか。
もうひとつは、現在「日本神秘驚険作家倶楽部」の会長だと書かれている。「驚険」はスリラーという意味。「神秘」が小説のジャンルとしての「ミステリー」を指すのかはよく分からないが、いずれにせよ「神秘驚険」という言葉が、日本で言うところの「本格ミステリ」の正確な和訳になっているのだろうか。それとも「本格」というジャンルについてまだ理解が薄いのだろうか。そういえば、エラリー・クイーンの中国語訳を店頭で見かけた記憶がない。

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実は一番欲しかったのは『狄公案』だった。最近一躍知られるようになった、ファン・ヒューリックのディー判事シリーズの原案となった小説である。しかしざっと探してみたがどうしても見つからなかった。『聊斎志異』はどこにでもあったし、いくつか公案小説も見かけたのだが『狄公案』は見当たらず。ちょっと残念。