酒見賢一『語り手の事情』文藝春秋

スズキトモユさんのところで紹介されたのを見て読んでみた。酒見賢一を読むのは実は『後宮小説』(新潮文庫)以来。
ヴィクトリア朝時代のとある館に、処しがたい妄想を抱えてやってくる男たちのありさまを「語り手」が語る、というのが大筋のストーリー。各章ごとに異なる趣向で性的「妄想」を解きほぐすのが面白い。やっぱり3章で見せるSMの「逆説」は思わずニヤリとする。
それ以上に、読んでいると目の前にふわっと小説世界が広がる文章がうまい。どちらかと言えば淡々と書いているにもかかわらず、目の前に館の一室が浮かび、さらにそこから広がる「妄想の世界」まで映しだされる。「なぜか地平線まで見通せているような感覚」というのがいちばん近いか。
数種類の話し言葉や文体を違和感なく操り、小説世界に簡単に読者を導くところに実力を感じた。恐れ入りました。