法月綸太郎『法月綸太郎の功績』講談社ノベルス

協会賞短編部門受賞作「都市伝説パズル」を含む、5編の短編を収録する。ベストは、ホワイダニットのロジックが鮮やかで受賞したのもむべなるかなという「都市伝説パズル」、短編ながら話の展開がうまく、読みごたえのある「ABCD包囲網」、ロジックで押していく展開が面白い「縊心伝心」の三つ。



収録作はどれも実にオーソドックスな本格短編である。5作中3作が既読だったにもかかわらず、非常に楽しく読めた。むしろ、本格ものの醍醐味を再確認させてもらったと言っても良い。
トリックだけを取り出せばワントリックの小ネタでしかない。しかしそれでも読みごたえを感じられるのは、プロットがきちんと練られ、密度が濃い本格推理になっているからである。


本格もののロジックの醍醐味というものを、迷路にたとえてみたいと思う。迷路の正しいルートを探すときの一つのやり方として、「行き止まりのルートを全部塗りつぶしていく」というものがある。迷路上で明らかに行き止まりになっている道を塗りつぶし、その結果生まれた新たな「行き止まり」の道をさらに塗りつぶし……とやっていくと、間違ったルートがすべて塗りつぶされ、真っ白の正しいルートが一本だけ浮かび上がる、という方法である。
本格推理は、すべての謎を解き明かし犯人を示す一本の正しいルートを追求する。そのために行き止まりの道=間違った仮説をどんどんつぶしていく。徹底的に行き止まりの道を塗りつぶしていき、図がほとんど真っ黒になったところで地を反転させてみると、たった一つの正しい推理の道が白く浮かび上がってくる。「あり得ないものを消去していけば、たとえ残ったものがどんなにありそうもなくても、それが真実だ」というホームズの名言こそが本格推理の真髄であり、白黒反転でルートが浮かび上がるときの鮮やかさこそが本格推理の醍醐味であろう。
そして、本格推理としての密度というものは、ストーリーの中でどれだけ徹底して行き止まりを塗りつぶしているか=どれだけ徹底して仮説を消しているか、ということにある。行き止まりを数本適当に消した後、えいやっといきなりゴールへのルートを書き上げてしまうようでは本格として少々物足りない。綿密に仮説を潰していき、そして鮮やかに正しい一本の道を描きだす、それこそが「密度の濃い本格」である。
この短編集の作品は、息子・綸太郎と父・法月警視との掛け合いという形式を基本としている。二人の会話の中で仮説の提示と検証が繰り返され、さまざまな仮説が消去されていき、そして最後に一本の論理が浮かび上がる。迷路のたとえでいくならば、この短編集の作品は、そんなに大きな迷路でもなければ正解は極端に複雑ではないけれども、行き止まりの塗りつぶしを丹念にやっている、と言える。むしろ大きな迷路ではないからこそ、綿密な塗りつぶしをやっても飽きることがなく、逆に塗りつぶしの面白さと白黒反転の醍醐味をよく味わうことができるのだろう。私はこの本で本格の醍醐味を再確認させてもらった。
ただでさえ「短編の名手」が少なくなってきている上に、「本格短編の名手」となると限りなく絶滅寸前であるように思えるのは私の知識不足であろうか。超の付く遅筆であることは承知の上で、法月綸太郎には正統派の本格短編を書き続けてほしいものだ。



(2005.11.6追記:現在文庫版が刊行されている。)